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『コロナ危機の社会学 感染したのはウイルスか、不安か』を読んで

世界中で猛威を振るっている新型コロナウイルス感染症。2020年6月時点での日本におけるコロナ危機の状況を社会学の視点で考察した一冊。

本書は四章構成(序章を除く)で、前半二章では2019年末から始まる新型コロナウイルス感染拡大の経緯と日本国内における政府の対応を整理しています。

その後、三章のコロナ禍における社会意識の分析、四章のコロナ後の社会への提言と続きます。

重要な視点はいくつもありますが、特に気になった点について取り上げます。

現状整理の重要性

本書では前半の二章、総ページ数の約半分を割いて、ウイルスの感染拡大の経過と政府の対応について述べています。

ともすれば、三章以降の著者による分析のみに注目しがちですが、前半の記述も、事実の紹介に止まらない重要な意味があります。

著者が指摘するように、国民の多くは今回コロナ危機に直面した際に、類似事例である2009年に発生した新型インフルエンザでの経験や対応を忘れていました。

その為、政府が過去の経験を踏まえた備えや対策を実施しても、説明不足が故に国民の理解を得られなかった事例も発生しています。
(例えば、学校休校の要請は過去の経緯や効果を考慮した上でなされたと推測できますが、決定に至る経緯や議論が語られることがなかったため、結果として政府に対する不信感が高まったといえます。)

おそらく、「新型インフルエンザが10年以上前の出来事だから忘れた」のではありません。
そもそも私たち(政府と国民ともに)は過去の出来事の経過や記録を軽んじる傾向があり、それらを現在に活かすことが不得意なのでしょう。

現在のコロナ対応やそれに対するメディアの報道でも、初期の出来事を振り返り、整理や分析することは稀であり、基本的には過去の出来事を忘れ新しい出来事に一喜一憂することを繰り返している様にみえます。
政府と国民、メディアの三者の基本的な態度が忘却と反復になっているともいえます。

その状況下で本書は、現在進行形のコロナ危機に対して、発生直後から政府や団体の行動を詳細に追い、資料を読み取った上でファクトを整理してアウトプットに繋げる事を実践しました。
忘れやすい私たち(政府、メディア、国民)にとって重要な示唆を与える一冊といえます。

「耳を傾けすぎる政府」の危険性

著者の分析で「耳を傾けすぎる政府」という言葉が紹介されます。
これは、新型コロナ対策下において、政府が効果や合理性よりも、わかりやすい民意への反応を尊重する状態に陥ってしまったことを表す言葉です。
政府のコロナ対策が二転三転しているのも「民意に耳を傾けすぎた」結果ともいえるでしょう。

この言葉が産まれた背景として、コロナ危機以前から「イメージ政治」と呼ばれる、インターネットやSNSを駆使した、イメージによって政治を駆動しようとする環境が拡がってきた事が挙げられます。
その環境下で、1)「桜を見る会」「検察官の定年延長問題」などの政治スキャンダルの頻出 2)政府のコロナ対策に対する「不安」、この二つが重なり内閣支持率が低下しました。
打開策として可視化されてわかりやすい民意(SNSを中心とした民意)に過度に反応することとなり、結果、その都度変容して一貫性の無い対応を打ち出す「耳を傾けすぎる政府」が誕生したとされています。

よく、「与党は民意を無視するな」的な批判を目にしますが、「耳を傾けすぎる政府」では逆に特定の民意を取り込もうとするあまり、機能不全に陥る危険性があります。

本書で紹介されている通り、わかりやすい民意を尊重する「耳を傾けすぎる政府」のコロナ対応とその成果は十分に機能しているとはいえません。それどころか、政府の対応による成果と国民による評価のギャップは埋め難く、今後の課題となっています。

考えた事

公文書や統計の適切な取り扱いを守る

二章で整理された内容は、その多くを公開情報や資料に依拠して記述されています。

当然ながら経緯を辿れる程の情報や資料が公開されていたからまとめられた事を意味しますが、逆に公文書の軽視や統計の改竄などが状態化すると、まとめが存在できない、もしくは妥当性が疑われることになります。

先に述べた忘却と反復の連鎖を回避する為にも、公文書や統計の取り扱いについて、随時チェックしなければならないと考えます。

耳を傾けすぎる政府から脱却するために必要なこと

「イメージ政治」環境下では政府は、合理性よりもわかりやすい民意に与してしまいますし、そこで示される民意は必ずしも妥当があるとは言えません。

また、政府と国民の間には非対称な情報が存在している為、「耳を傾けすぎる政府」から脱却するには、専門知識と批評能力を備えた二者間に割って入る存在が機能する必要があります。
本来は、メディアが中心となって、専門知識の提供と「過去を忘れない」ためのリマインダーの役割を担うべきですが、現状は十分ではありません。

その観点から見ても本書が持つ意義は大きいと考えます。

「政府と国民の両方に肩入れをする事なく、資料や統計を用いてファクトを積み上げてまとめ分析を行う。そのまとめ分析は過去の経緯を想起させ、リマインダーとしての機能を持つ。」

これは本書の特長ですが、同時に現在のメディアが果たせていない機能を補完する事にも成功しているともいえます。