PR

「なんとなく、クリスタル」と「33年後のなんとなく、クリスタル」を読んで

現役大学生であった田中康夫が、1980年当時の東京の裕福な若者文化、風俗を独自の視点と400を超える註を駆使して描いた作品。

「なんとなく、クリスタル」に関しては、「1980年当時の新しい価値観(ファッション、ブランド、音楽)を持った若者の生活を、多くの註釈を用いて描いた小説」ぐらいの知識しか
持ち合わせていなかったのだけど、今年の夏、続編の「33年後のなんとなく、クリスタル」の
文庫版が発売されたので、あわせて読んでみました。

当時の流行、風俗や本文と註の関係など面白い箇所はいくつもあったのですが、一番興味を
惹かれたのは、小説の最後に不意に挿入された「合計特殊出生率」や「老年人口比率」
などのデータでした。

これらのデータは、日本では将来に渡り出生率は低下し続け、老年人口比率も高まる事を示しており、著者が作中で描いた「なんとなく気分のよいものを、買ったり、着たり、食べたりする」生活が、今後続かないかもしれないと自ら捉えている事がわかります。

データ元の五十五年版厚生白書では将来の老年人口比率の予想も掲載していますが、ご存知の
通り予想を上回るペースで老年人口比率は高まっています。(下記グラフ参照)

ちなみに、厚生労働省のHPから過去の厚生白書を閲覧する事ができます。55年度版をみると、
少子化、高齢化などは、この時点で将来の問題として捉えられている事がわかります。

「33年後のなんとなく、クリスタル」でも同様に、小説の最後に「合計特殊執政率」や「老年人口比率」のデータが並べられています。前作が発表時と違うのは、人口減や少子高齢化は誰もが切実な問題として捉えている事でしょうか。

「なんとなく、クリスタル」発表当時に、著者が漠然と抱いた日本の将来への不安は、今や現実のものとなった感がありますが、「33年後の〜」で描かれているかつての若者たちは、現在では身近な問題に真摯に向き合っていて、そこに救われます。