2019年10月に発生し、東日本各地に甚大な被害をもたらした台風19号。
多くの河川が氾濫する中、「流域思考」に基づいて治水対策を取っている鶴見川では浸水被害は発生せず、大きな注目を集めました。「流域思考」や「流域地図」を説明した『「流域地図」の作りかた』を紹介します。
はじめに
2019年10月、関東地方や東北地方を中心に日本列島へ台風19号が直撃、甚大な被害をもたらしました。首都圏でも多摩川をはじめ多くの河川で氾濫が発生しましたが、東京都及び神奈川県を流れる鶴見川では、警戒水位に達したにもかかわらず浸水被害は発生しませんでした。
災害後、鶴見川周辺では長年「流域思考」にもとづいた治水政策が行われてきた事が広く知られる事となります。
『「流域地図」の作り方』は「流域思考」を知る上での入門書ともいえる本です。
「流域思考」「流域地図」とは
そもそも「流域」とはどのようなものでしょうか?
本書では「雨水が水系に集まるくぼ地」と定義しています。大地に降った雨が高地から低地へと流れていき、いずれ川に集まる。
このように雨水が川に達するまでの大地と川の範囲を「流域」として、それらを地図上に表したものを「流域地図」と呼んでいます。
また、「流域思考」とは、流域地図を手がかりとして、自分達が大地のどの場所に住みどのように生きるか、自然や環境への対応を軸に据えて自らの問題として考える思考です。地域の自然の保全や災害対策、さらには地球的規模の環境問題をも考えるような射程の長い思考といえます。
流域地図を身近なものとする
著者の岸由二氏は、自分達が住む地域の流域地図を作成することを推奨しています。
インターネットで検索すると川の流れをまとめた「水域図」や「流域地図」そのものも見つけることができ、地図を入手する事自体はそれほど難しいものでは無いかも知れません。
しかし、著者は自分の足で歩く事を勧めています。土地の高低や川の流れなどを、自分の目で見て、足で歩いて確かめる。川の源流や河口を見ることで流れや周囲の自然の変化を体感する。
普段車で通りすぎるだけの景色も、歩いてみると新しい発見があるかも知れません。
このように、「流域地図」をつくろうとするだけでも自然との新しい関わり方がみえてきます。
流域思考で世界を考える
本書でも紹介されていたように、鶴見川では「流域思考」をもとに、総合的な治水対策や生物多様性の保全などを流域単位で総合的に取り組む方針が取られました。台風19号での被害を免れる要因となった保水地域・遊水地域などはこの方針により設置されたものです。
また、生物多様性の保持の例として、三浦半島・小網代の名で知られる浦の川流域生態系での取り組みが紹介されています。人工物を遮断した完結した自然の流域として保全活動が行われ一般開放されるまで至りました。
上記2つのケースは、「流域思考」にもとづいて治水対策や生態系の保全活動が行われ、成果が挙がったことを証明しています。
現在、地球環境の破壊や生物の多様性の崩壊などが深刻な問題となっていますが、解決する主体としては行政区が想定されている場合がほとんどです。しかし、自然や生物の活動は人為的に設けられた行政区だけでは対応できない事を上記のケースは実感させてくれます。
「流域思考」「流域地図」の概念は、今まで当たり前と思っていた「地図」とは異なり、自然や生物を中心にした流域の集まりの中に私達が生活している事を改めて知らせるものでした。
この本の読者の中には、例えば自分で歩いて流域地図をつくるなどして、「流域思考」を実践する人も出てくるでしょう。そして、そのような人が増える事が変貌する地球環境に対応するキーになると思います。